Research project

 横浜国立大学 サイバーロボティクス研究室(加藤研究室)では,上肢欠損者の運動機能を代替する筋電義手や手指麻痺リハビリのための外骨格型パワーアシスト装置の開発など,人とロボットの融合学問(Cyber-Robotics)の医療・福祉・リハビリ応用に関する研究に取り組んでいます.私達は,「ヒトに適応する身体機械とは何か?」という問題に対して工学的にアプローチし,身体の機能代償から機能拡張までを研究対象としています.

身体機能の代償 ~サイバネティックハンド・アームの開発

より自然な筋電義手操作を可能にする表面筋電位を用いた手指動作識別手法の提案

 筋電義手では,皮膚表面にて計測される表面筋電位から手指動作を識別しロボットハンドを制御します.しかし,従来の手指動作の識別手法では,筋電の信号特徴が使用者ごとに個人差があることや長時間計測によって発汗や疲労などにより信号特徴が時々刻々と変化することなどが考慮されておらず,多くの手指動作を安定的に識別することが困難でした.そこで本研究では,逐次学習系の導入や把持の準備動作(Pre-shaping)時の筋電特徴の利用,線形回帰モデルを用いた把持力・把持姿勢の同時推定手法,また深層学習(Deep learning)を用いた再学習が不要となる動作識別手法など新しい手指動作識別手法を提案し,より自然な筋電義手の操作を可能にすることを目指しています.

少ないアクチュエータでより多くの日常生活動作を再建する5指型筋電義手ロボットハンドの開発

 筋電義手用のロボットハンドは,産業用ロボットとは異なり,人が装着できる体積と重量でなければなりません.そこで本研究では,できるだけ少ないアクチュエータで多くの手指動作を再建するため,人の筋腱構造を模したワイヤー干渉駆動系の開発や健常手で自在に手指姿勢を変更可能な関節剛性可変機構を有する低自由度ハンドの開発など,重量・運動自由度,把持力に生じるトレードオフ問題を解決する新しい機構の提案を行っています.

日常生活で使用可能な上肢筋電義手と標的化筋肉再神経分布(Targeted Muscle Reinnervation)を利用した筋電義手の制御手法の開発

 肘より高位の欠損の場合,手指運動に関連する筋が欠損するため筋電義手の適用が困難です.そこで本研究では,Targeted Muscle Reinnervation(標的化筋肉再神経分布)処置を利用し,手指の運動神経を上腕の筋群に移行し,上腕部の皮膚表面から計測される筋電から義手を制御する技術の確立を目指しています*1

Augmented Realityを用いた筋電義手シミュレータの開発

 現実空間(カメラ画像)に仮想の筋電義手と仮想の物体を重畳表示することで,リアリティの高い筋電義手シミュレータの開発を行っています.また仮想ハンドで仮想物体への物理的インタラクションを可能にし,様々なリハビリテーション訓練が可能です.

眼電インタフェースを利用した筋電義手の把持速度の制御手法

 眼電を利用し把持物体への注視時間を推定することで,注視時間が長い(=より精密な物体を注視)場合は義手の把持速度を減速させ操作量の小さい精密な制御が可能となる制御手法の開発を目指しています.

筋電義手プロジェクト:多くの日常生活動作を再建する上肢筋電義手の開発

 現在,日本で市販されている海外製の筋電義手は,高価であり機能も手の開閉に限られ,その国内普及率は上肢切断者の約2%程度に留まっています.そこで本プロジェクトは,多くの上肢切断者が気軽に使える国産の筋電義手の実現を目指し,軽量に感じ,可動部が多くかつ低コストとなる筋電義手の開発を行っています.本プロジェクトは,当研究室と電気通信大学横井研究室,東海大学医学部整形外科学および成育医療研究センターの共同研究であり,NPO法人電動義手の会を通じて販売・普及を目指しています.また本プロジェクトは,さがみロボット産業特区の重点プロジェクトに指定され,神奈川県下で実証試験を開始しています.

身体機能の補助・回復

手指麻痺リハビリのためのパワードグローブの開発

 麻痺した指を機械的に動かしリハビリを行うパワードグローブの研究を行っています.特に,リハビリ意欲の低下の原因となる装着時間の低減を目的とし,容易に装着可能なデバイス開発を目指しています.

神経筋電気刺激(Neuro-muscular electrical stimulation:NMES)を用いた上肢機能の再建

 皮膚表面から神経筋電気刺激を付与し直接筋収縮を起こして上肢運動を再建するリハビリテーションデバイスの開発を行っています.特に,上肢機能の基本となる把持動作には,母指の3次元的な動作が重要であることから,母指動作の再建が可能な電気刺激制御手法の構築を目指しています.

NEMSと関節ロック機構を併用した着衣可能な上肢運動支援デバイスの開発

 従来,上肢リハビリや運動補助を目的とした上肢運動支援デバイスが多く開発されていますが,デバイス体積が大きく,デバイスを装着した上から着衣できるものはありません.そこで本研究では,コンパクトな神経筋電気刺激デバイスを用いて上肢運動を支援すると同時に小型な関節ロック機構を併用することで電気刺激による筋疲労を低減化する,上から着衣可能な上肢運動支援デバイスを開発しています.

身体機能の拡張・支援

5指ロボットハンドによる腹腔鏡下手術支援システムの開発

 通常の腹腔鏡下手術では,腹部に小径のポートを空けそこから処置具やカメラを挿入し精密な手術操作を可能にしますが,大腸などの大型臓器では,臓器の大きさに対して,処置具が小さいためより多くの手術時間がかかってしまいます.そこで本研究では,術者の手を直接腹腔内に挿入してスピーディーな手術を行うことのできる(Hand-assisted laparoscopic surgery:HALS)という術式をヒントに,小径ポートから挿入可能なマスタースレーブ型の5指ロボットハンドを用いて手術支援を行うシステムの開発を行っています*2

独居高齢者見守りシステムのための転倒検知センサの開発

 独居高齢者の在宅での転倒は,生命を脅かす事象に発展しやすく早期発見が重要となります.そこで本研究では,床振動音から独居高齢者の転倒を検知するシステムを開発し,非装着で高齢者を見守るシステムの提案を行っています.*3

身体機能の変容解明

筋電義手の感覚フィードバック方法が把持に関する認知的負担に与える影響の調査

 筋電義手では,触覚がないため目視によって把持行動を監視する必要があり,健常の手に比べて“ながら作業”が難しく,操作に対する認知的な負担が大きいと考えられます.そこで本研究では,ハンドの触圧に応じて使用者に振動刺激を付与する感覚フィードバックが義手操作の認知的負担が減少させるかを二重課題法で評価し,効果的なフィードバック方法を明らかにすることを目指しています.

筋電義手操作に同期した触刺激が運動主体感に与える影響の調査

 運動主体感(sense of agency)とは、ある外部の事象を変化させた主体は自分であるという感覚のことです.筋電義手では,過度な操作遅延や触覚が得られないことで,自分の操作行為に対して結果の出力が阻害されていると感じ,運動主体感が低下すると考えられます.そこで本研究では,筋電義手操作に同期した触刺激(On-setフィードバックや操作力フィードバック)が運動主体感の向上にどの程度寄与するかを脳活動や主観的遅延時間などから明らかにすることを目指しています.

脳活動解析を用いた筋電義手操作時に使用者が感じる身体所有感の機序の解明

 身体所有感(sense of onwership)とは自分の手や足は自分の身体の一部であるという感覚のことです.本研究では,筋電義手をはじめとするサイバネティックハンド・アームに身体所有感を強く感じさせるためにはどうしたらよいかを明らかにするため,感覚フィードバック機能を有する筋電義手でラバーハンド錯覚を生じさせそのときの脳活動をfNIRSやfMRIで計測・解析することで,身体所有感の変容と拡張過程に影響する要因を解明することを目指しています.


*1 東海大学医学部外科学系整形外科学との共同研究
*2 東海大学医学部消化器外科学との共同研究
*3 福井大学医学部地域医療推進講座との共同研究

Last-modified: 2023-10-10 (火) 12:52:07